ひとり暮らしのあれこれ

考えたこと、思ったこと、日々のできごとを綴ります。ほとんど私的な日記。本のこと、中国語・語学、旅など。

自分はなぜ中国語を勉強しているのだろう

人から聞かれて改めて考えてみた。

 

言葉は、自分のいる世界とは違う世界に渡る鍵だと思う。

 

海外旅行に行ったり留学したり物理的にあちらに渡るだけじゃなくて、日本語のラングを共有して同じような世界を見ている日本人という集団から飛び出て、違うラングから異なる考え方や世界の切り取り方を垣間見られる橋。

人間は言葉という記号で世界を切り分けている。

私は、違う切り取り方で世の中を見てみたくなった。

 

中国語を勉強し始めたきっかけは、打算的だった。

世界で最も使う人が多い言葉だし、漢字を使っているので学びやすそう。

台湾ドラマを字幕なしに見れるようになりたい。

勉強し始めたら楽しかった。

きっかけはそんなものだ。

 

でも中国語を学ぶ中で、中国からの「視点」を手に入れたい。そう思った。だから今も勉強が続いているのだと思う。

 

私がそう思ったきっかけは、短期語学交流で中国に滞在したことだった。

とても新鮮で印象深い滞在だった。

空気の違い。美味しい料理。街の様子。生活する人々。当たり前だが、全部が日本と違っていた。

しかし、何よりも印象に残っているのは。

私が滞在中に、中国国内で、反日デモが起きていた。

ということだ。

 

デモの日は、コーディネーターの方から私たち参加者に、無用の外出は避けるようにという伝達はあったが、売店のおばちゃんも、交流した皆さんも特にいつもと変わらなかった。

そしてデモに遭うこともなく無事日本に帰国した。

 

でも、日本では大きなニュースになっていて周りから「大丈夫だったか」と聞かれた。

帰ってからニュースでデモの様子を見て、「同じ国にいたのか」と疑いたくなったのと同時に、大げさだが、日本が伝えている中国の姿だけが真実ではないと思った。

日本人の見ている中国は、日本人の目線から一面的に見ていると思った。もっと多様性のある国なんじゃないの、と。

偏った目線のみで世界を見ていることに危機感のようなものも感じた。

 

これが本気で中国語を勉強するスタートラインだった。

 

今は、少し中国語ができるようになり、あちらの人と交流できるようになった。

新しい視点を不完全ながら手に入れられ、日本を外側から見られることにも気づいた。

まだ完全に理解はできてないと思うけど、もっと深く広く中国を見られるようになりたい。だからこれからも中国語は続けていきたいと思う。